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超常学園8話(前編)

一週間どころか一カ月も更新があいてしまった
なんということだ…申し訳ございません。

ともあれ、待たせた分はボリューム増しにしたつもりです。
では、以下からどうぞ~

なおプロローグも付加してますが、変更点もございますのでこのまま載せます。

 超常学園 エピソードナンバー⑧ 『槌の子(ツチノコ)』


夕焼けに染まる森の小道―――
まるで紅葉のように赤く染まった木々の葉を
学園の校舎から寮へと繋がっている道を歩く、艶やかな黒髪をなびかせる若年の女性。
ご存知、2年C組担任数学顧問、相川美鈴。
ただいま絶賛帰宅中の彼女は、呆けたようにため息をついていた。
「ん~、今日も一日疲れましたぁ」
別に悩み云々があるわけではない。単に疲労だ。
たまたま今日は、力仕事や急ぎの移動などが多くて、可憐な女性にはハードな一日だったのだ。
そんなわけで、彼女はポーッとしていた。
仮に足元に不審な物が転がっていても、まず気付けないだろう。
というよりも、事実、彼女の前方数メートル先の地面に奇妙な物体が転がっているのだが、彼女は全く意に介さず前進し続けて、
予想通り、『コツッ』と躓いた。
「ひゃ!?」
いきなり体のバランスが崩れ、腕をワタワタと振りバランスを取ろうと足掻く。
が、健闘むなしく、そのままスッテンコロリンと前のめりに転んでしまった。
「いたた…けほっけほっ…」
盛大に転んだにも関わらず、豊満な胸という天然のエアバックのお陰で、打ち身一つなかった。
むしろ胸を圧迫された方が苦しかったほどで、軽くせき込む。
ひとまず肺を落ち着かせた後、怪我がないかどうか自分の体をざっと見渡し、埃を払った。
そうして立ちあがり、『何事?』と心の中で呟きながら、躓いた原因のある後ろの地面を振り返る。
卵だった。
真っ白で、卵独特の偏った形の楕円形。
しかも、やたらとでかい。ニワトリはおろか、ダチョウの卵より大きいのではないだろうか?
「な、なんでしょうコレ…?」
恐る恐る指先で小突いてみると、コツコツ、と小気味よい反響音が鳴る。
ボールや石ではこんな音はしない。少なくとも殻は本物の卵。
「朝はこんなものなかったのに…鳥さんがここに産み落としていったのでしょうか?」
そんな結論に至ってしまうのは彼女のホンワカした性格ゆえだろうか。
あいにく、“そんな鳥がいる訳ないだろ!”とツッコミをしてくれる者はいなかった。
ともかく、その卵にすっかり興味津々となった相川先生は、思い切ってそれを手にとり、持ち上げてみた。
「い、意外に重いですね…」
落とさないよう慎重に目線の高さまで持ち上げた後、改めて卵を観察してみる。
見る限りでは切れ目や不自然な跡はない、剥製や作り物ではなさそうである。
さらに、触ってみてわかったのだが、滑らかに見えた表面は微妙な凸凹があってザラザラしている。ちょうどニワトリの卵の表面みたいな具合。
なにより、ちょっぴり温かいような気が―――
「あれ…う、動いてる!?」
不意に、ピクピクと卵が振動しだす。
持ち上げたことに反応したのか、はたまた彼女の手の温さに目が覚めたのか、
“ビシリ!”と、表面に亀裂が入り、
それが瞬く間に広がって、殻がはじけ飛んだ。
「きゃあ!?」
破片が飛び散り、彼女はとっさに目をつむった。落としたり、放り投げたりしなかったのは奇跡だろう。
パシパシと肌を打つ破片をひたすら耐え、それが収まったのを感じると、
恐る恐る、目を開けてみた。

「ち~♪」「………はい?」

「ち~♪」
「………はい?」
珍妙な卵から、珍妙な生物(ナマモノ)が顔を出していた。
体長は25センチくらいで、手足は無い。蛇に似ていると言われれば似ている。
が、蛇にしては太く短い寸胴の体。しかも体表は鱗ではなく、薄茶色の滑らかな肌が覆っていた。
そしてなにより、丸っこい顔には豆のように小さくツブラな瞳、牙一つ生えてない愛嬌のある口元をしている。
その様相は蛇のような恐怖や気味悪さとは疎遠であり、むしろ…。
「かわいい…」
「ち~」
「きゃっ?」
まじまじと観察していた相川の頬をぺろりと舐め、人懐っこく顔を摺り寄せてくる。
彼女は戸惑いつつも、子犬みたいなその仕草に思わず顔を綻ばせた。
「もしかして…お母さんだと思っているのでしょうか?」
「ち~」
その呟きを肯定するかのように、珍生物はジッと相川を見つめてきた。
美女と小動物が見つめ合う…絵になるような構図である。
もっとも、小動物が珍奇な奴なのでシュールにしかならないのだが。
それはさておき、
「う~ん…どうしましょう…」
そう呟いて辺りを見回す。
彼女の周囲は既に、夕焼けの赤から夜の漆黒に染まろうとしていた。
―――夜になれば、周囲の森から野生動物が通学路の周辺まで出てくることもザラにある。
さすがに、熊やオオカミはいないが、フクロウや狐はたまに目撃されている。
そんな捕食者がはびこる場所に、こんな小動物、しかも赤ん坊を、置いていけるだろうか?
いいや、いけない。
少なくとも、相川美鈴という人間には、絶対できない選択だった。
「……」
「ち~?」
不思議そうに顔を傾げるその子を見て、彼女の行動は決まった。




翌日、二年C組教室。

「♪~」
ちょうど、青い髪の少女が鼻歌を口ずさみながら教室後方の扉をくぐっている所だった。
学校指定の半袖ブラウスとスカート、ニーソックスに身を包んでいる。瞳は真紅に燃え、口の中に見えるのは、鋭く尖った犬歯。
ご存知、アオイ。アオイ・D・ヘイロー。吸血鬼である。
知らない人は早く知ってほしい。忘れている人は思い出してほしい。(長期休載してごめんなさい。)
そんな彼女は、通学鞄も置かずに、一人の男子生徒の席へと向かっていた。
机に頬杖ついてうとうとしているその青年。名は南部 狼牙(ナンブ ロウガ)。
バランスのとれた体躯をしており、頭には微妙に茶けた黒い髪をボサボサに生やし、額には赤いバンダナを巻いていた。
一見して普通だが、実はバンダナの下に人間のものではないフサフサの耳を隠している。その正体は狼男。
しかし、頬杖をついてのんびりだらりとした今の姿は、ただ眠ぼすけの男子生徒にしか見えなかった。
「おはよ~ロウガ♪」
「ああ、おはよう……ねむぃ」
明朗なアオイの挨拶に、ロウガはダルそうに返す。
テンションがまるで正反対であった。
「も~、朝っぱらから居眠り?昨日は巡回も早めに切り上げたじゃない」
「ちょっとDVDを見ていてな……そういう訳で寝る」
言うや否やボフッと机に突っ伏し、一秒待たずに寝息が聞こえてくる。
の〇太君にも劣らない寝付きの良さであった。
「んも~…」
あんまりな応対に、ちょぴり頬を膨らませた。
そんな彼女の元に歩み寄るクラスメートが約ニ名。
「寝ぼすけの彼氏を持つと大変ね」
横から聞こえた吊り目の少女の声で、アオイは振り向いた。
「レンちゃん、萌ちゃん。おはよ~」
「ん、おはよう」
話し掛けた&先に挨拶をした吊り目の方がレン。
「おはよ~アオイちゃん」
後に続いて挨拶するおっとりした感じの方が萌である。
「寝ぼすけでもいいのー。ロウガはロウガだもん」
「相変わらず純愛というか、どーしてそこまで一途なのさ」
「私は羨ましいと思うけどなぁ…」
歳相応の他愛のない話をする。
とはいえ、約一名だけ年齢不詳な者がいるが、そこは見逃してほしい。

そんな中、締め切られていた教室前方の扉が、ガラガラと開かれた。
「おはようございます。皆さん、着席してくださ~い」
担任の相川先生がくぐって来る。
スーツを可憐に着こなし、右手に出席簿と教科書、そして左手に…妙に膨らんだ鞄を持っていた。
ともあれ、担任である彼女の登場により、雑談で席を離れていた生徒は一斉に席へと歩み出す。
「おい、起きろロウガ、先生来たぜ」
「う~…ぁあ」
後ろの席の男子生徒に揺さ振られ、熟睡していたロウガもひとまず身を起こす。
「むぅ、ロウガはあたしが起こしたかったのにぃ…」
ほぼ同時に、隣の席へ頬を膨らませたアオイが着席する。
程なくしてクラス全員が席に着いた。
「起立、礼!」
「おはようございます」
「はい、おはようございます」
テンプレートな朝の挨拶が終わり、ホームルームが始まろうとしていた。
だが、それは思わぬ事態で止まってしまう。
ガタガタッ!
奇妙な雑音が鳴った。
先生がビクッと身じろぎし、なんだなんだと生徒達が辺りを見渡す。
そして、目敏く音源を見付けた生徒が、ソレを指差す。
「先生、なんか鞄が動いていますよ?」
教卓の隣に置かれたソレ、相川が持って来た妙に膨らんだ鞄が、ゴソゴソうごめいていた。
それを目視した相川は、挙動不審に揺らぎ、汗をタラタラ流し、明らかに動揺している。
「こ、これはですね、目覚まし時計を…」
「嘘だッ!」
「つか、なんで目覚まし時計?」
「あうう」
苦し紛れの言い訳は生徒達に粉砕されてしまった。
さらに、状況は悪い方へ向かう。
「あ、鞄のチャックが開いてきた」
「ギク!」
「なんか動いてねーか?」
「み、見ちゃ駄目ですーっ!」
相川はワタワタと手を振り鞄を隠そうとする。
しかし、時すでに遅し、中からの圧力で鞄のジッパーが開き、『そいつ』が飛び出した。
「ち~~っ」
妙に間延びした声が教室に響く。
土色をしたソフトボールサイズのそいつは、綺麗な放物線を描いて、
ペとっと、アオイの机に軟着陸した。
「………」
「………」
見つめ合う一人と一匹。
さらにそれを凝視する生徒達と相川という、奇妙な構図が生まれた。
その数秒後、
我に返ったアオイは、目の前の珍奇な生物をまじまじ観察する。
見た目は蛇に似ていて、手足はなく、ビール瓶のように寸胴な体…。
その特徴から頭に浮かんだものを、そのまんま口に出した。
「…ツチノコ?」
彼女がそう呟いたのを皮切りに、滞っていた場の空気が、爆ぜた。
「キャー!なにこいつー!」
「ツチノコ!ツチノコ!UMAだー!」
「可愛い~♪」
教室中が騒ぎ出す。
当の珍奇な生物は「ち~?」と鳴いて首?を傾げるばかり。
そして、
「だ、だめですよ皆さん!朝のホームルームですよー!静かに落ち付いてくださーい!」
怒涛の渦の傍らで、相川先生は必死に沈めようとアワアワしていた。


ようやく騒ぎが静まった時には、ホームルームおろか、一時間目の授業が始まっている時間だった。
もっとも、今日の一時間目は相川先生の担当する数学だったので、先生が連れて来た珍奇な生物について話すこととなった。
いわく、昨日の帰宅途中で卵を拾ったこと。
持ち上げたら卵からその珍奇な生物が生まれたこと。
懐いているようで、放っておくわけにもいかずに持ち帰ったこと。
などなど。
「へー、じゃあまだ生まれたての赤ん坊ってことじゃねーか」
席に座ったまま男子生徒の一人がぼやく。
その姿勢の先で、相川先生がツチノコ?を抱いて頭を撫でている。
撫でられている方も大人しくしており、時たま気持ち良さそうに「ち~」と鳴く。
男子生徒の目線に『おい、珍生物そこ代われよ』といった若干の嫉妬が混じった。
それはさておき、今度は別の女子生徒が口を開く。
「でもぉ、確かペットを飼うのって許可がいるんですよね?」
「はぅ、そうなんです。学園長先生に書類を提出しないといけないので…」
「だからコッソリ教室まで連れて来たと」
相川先生がこっくりと頷くと、教室中からため息が漏れた。
中には、「子犬じゃないんだから…」「似たようなもんだろ」なんて雑談もちらほら。
そんな中、ツイと挙手をするアオイ。
「先生~、その子の名前は決まっているんですかー?」
「え?」
実に間の抜たけ声が返ってきた。
数秒後、彼女は思い出したように「あ~」と呟き。
「えーと……」
オロオロと辺りを見回して。
「ち~?」
珍奇な生物と目が合う。
その愛らしい鳴き声で、彼女はピンと来た。
「…チーちゃん、この子はチーちゃんです!」
「明らかに今、考えつきましたよね?」
「ぁう」
鋭いツッコミが相川先生の言葉を詰まらせる。
そんな彼女に、助け舟が出た。
「でもいいんじゃない?可愛いし、覚えやすいし」
「え~!せっかく『大蛇丸(だいじゃまる)』とか『ソリツド・スネイク』とか考えてたのにー!」
「どっちも嫌だよ!…ギリギリだし」
その後、他の生徒からもいくらか案が出たが、
結局、そのツチノコ似の珍奇な生物は『チーちゃん』と名付けられたのだった。

「うう、大蛇丸…」
「まだ言うか」
「ところで、チーちゃんって何を食べるでしょう?」
名前が決まって一段落ついたところで、思い出したように萌が発言する。
と、それまで眠そうに傍観していたロウガが口を開いた。
「…蛇の仲間なら、生きた小鳥やネズミを襲って食べるだろうな」
教室中が『シ――――――ン…』となった。
あながち、否定できない。
「チーちゃんはそんなことしませーん!」
飼い主の主張が静寂を打ち破った。
皆がホッとする反面、新たな疑問が生まれる。
「それなら、何を食べさせているんですか?」
「最初はミルクを飲ませてあげたんです。赤ちゃんですから」
「ミルク…確かに赤ん坊だろうけど…」
「いっぱい飲んでいましたよ?」
ふと、先生とレンの質疑を聞いていた窓際の男子が、妙にヤらしい顔をして、挙手をした。
「せんせーミルクってやっぱ、母にゅ」
「粉ミルクですぅっ!」
セクハラ発言が暴発される刹那、相川先生の指が唸る。
レーザーの如く速さで、放たれるチョーク!
「ウワラバァッ!!」
男子の顔面に、白い弾丸が炸裂する。
誰かの偽物みたいな悲鳴をあげて、彼は机に崩れ落ちたのだった。
「こほん」
それを見届けた相川先生は、何事もなかったかのように咳ばらいをし、
「ち~」
チョーク投げの為に、片手抱きにしていたチーちゃんを抱き直した。
「あー……先生、あげたのは粉ミルクだけなんですか?」
とりあえず、レンは何も見なかった事にし、改めて問い直す。
「いいえ、いろいろ出したんですよ。お米にパンに野菜に…どれも出しただけ食べちゃいました」
「案外、雑食なんだな」
ロウガが率直な感想を言うが、
「雑食じゃないです!好き嫌いのない良い子なんですぅ!」
「ち~」
相川先生に大却下された。
当のチーちゃんは我関せずといった具合に、先生の腕の中でゆったりしている。
そんな中、『キーンコーンカーンコーン』と、教室の上にあるスピーカーが唸る。
「………はっ!す、数学まだやって無いのに一時間目が終わっちゃいましたぁ~!」
今更のように慌てる相川先生。
さらにまずい事に、早く職員室に戻らなくては次の授業に間に合わない。
なのだが、
「チーちゃん!早く入ってー!」
「ちー!ちー!」
相川先生が、抱いていたチーちゃんを鞄に押し込もうとする。
が、よっぽど窮屈だったのか、嫌がって入りたがらないのだ。
いままで大人しかったのが嘘のようにバタバタ暴れている。
しばらく教卓上で格闘する一人と一匹。
「もう!…仕方ないですね」
先に折れたのは相川先生だった。
「ち~♪」
根負けして手を離すと、
チーちゃんは彼女の腕を伝って肩まで登り、頬に擦り寄る。
「ふふ…」
頬のくすぐったさに軽く微笑む相川先生だが、すぐ途方にくれた表情に変わる。
「でもどうしましょう、このまま連れて行くわけにもいきませんし…」
生徒の中には、いっそそのまま肩のマスコットにしても良いような、と思う者もいたが。
許可をとってない以上、このまま職員室に連れて行くのはまずい。
そう途方にくれていた彼女へ、救いの手があがった。
「先生~、あたしたちが面倒見ていますよ」
「え?」
アオイから出された提案に、思わず相川先生は素っ頓狂な声をあげた。
確かに魅力的な提案ではある。
チーちゃんを皆に預けておいて、自分は授業と申請を済ませ、放課後に戻ってくればいい。
しかし、自分の勝手で生徒達の手を煩わせていいものか?と思い悩む。
「うーん…」
「大丈夫ですよ~、授業に来た他の先生はごまかしときますから」
「なにより可愛いし、お世話してみたいです♪」
「うんうん」
他の女子からも続々と賛成の声があがる。
相川先生はしばし、チーちゃんと生徒たちを交互に見た後、
「…わかりました。皆さんのお言葉に甘えさせてもらいます」
「わ~い!」
手放しに喜ぶアオイ達を尻目に、相川先生は肩のチーちゃんをゆっくり抱き下ろす。
不思議そうに首?をかしげるチーちゃんを目線の位置まで持ち上げて、見詰め合う形になった。
「夕方頃には戻りますから、私が戻るまでおとなしくしていてくださいね?」
「……ち~♪」
コクリと頷くさまを見て、相川先生も安心する。
とはいえ、時間も迫っているので何時までもそうしては居られない。
すぐさまアオイの席へと向かい、彼女にチーちゃんを手渡す。
「よろしくお願いしますね」
「は~い!」
アオイは受け取ったチーちゃんを甲斐甲斐しく抱き締める。
抱かれる方も一瞬だけ寂しそうな顔をしたが、しっかりと抱かれることで持ちなおし、嬉しそうな顔に戻った。
「ち~」
「あははっ、こいつ~♪」
「それじゃあ、私は職員室に…ああ!もうこんな時間!急がないと!」
相川先生はそう言って、教卓にまとめておいた教材と主席簿などを取り、
急ぎ足で教室を出て行った。


そして、2時間目。
「あ~、それでは授業を始め…んん?」
初老の先生が、現代文の授業を始めようとした瞬間、その動きが止まる。
彼の目線の先は、アオイの席の上に釘付けだった。
なぜなら…。
「ムム~…(ち~…)」
口に「×」と書かれたマスクをつけた、細長く、土色の肌の、珍奇な物体。
それが机の端に、チョンと乗っていたのだ。
しばしそれに意識を奪われた現代文の先生は、かけていた眼鏡を拭き直し、もう一度そいつを凝視してから、口を開いた。
「…あ~、アオイ・D・ヘイロー君?」
「はいっ!なんでしょうか、先生!」
いつになくキビキビした口調で答えるアオイ。
「その…机の上に居る…珍妙なものは」
「ぬいぐるみです」
確認するように一句一句言おうとしていた先生の言葉をさえぎり、アオイが進言した。
その返答を聞いた先生は再び、ぬいぐるみとやらを凝視する。
ジーッと、凝視する。
「…ぬいぐるみ?」
「ぬいぐるみです」
「なんの、ぬいぐるみなのですか?」
「ツチノコのぬいぐるみです。チーちゃんっていいます」
「ムム~(ち~)」
「鳴いているように、聞こえるのだが…」
「おしゃべり機能です」
向かってくる質問を、バッサリと切り捨てていくアオイ。
その刹那、先生はその一見して人懐っこい表情の裏に、どす黒いオーラとも言うべき彼女の意思を感じた。
曰く、『これ以上、突っ込むな』と。
残念ながら、彼はそのプレッシャーに勝てる精神を持ち合わせていなかった。
「…そ、そうですか、それでは授業を開始します。日直の方」
「はい!起立!」



そんな具合で午前中の授業を無理矢理乗り切り、
時刻は、昼休みとなった。
「ち~」
「や~ん、かあいい~♪」
「けっこう肌は滑らかなんだねぇ…鱗かと思ったけど」
「ち~」
クラス中の女子たちがチーちゃんの周りに集まっていた。
「ち~」
「ふふふ、かぁいいなぁ。よーしよしよしよしよし」
その真ん中を陣取っているアオイは、チーちゃんを抱きかかえ、やさしく頭を撫でている。
ふと思い出したようにアオイは撫でる手を止めて、懐から白くて四角いものを取り出した。
角砂糖…ではなく、包み紙に入ったキャラメルである。
包み紙を丁寧に剥がしていくと、周囲に甘い匂いが漂う。チーちゃんが瞳を爛々と輝かせ始めた。
「ほら、甘いのが欲しい?いくつ欲しい?」
「ち~…」
アオイの手のひらの上には三つのキャラメル。チーちゃんはゴクリと大きく喉を鳴らした。
どうやら、全部ほしいようだ。
「3個ほしいのか…3個…いやしんぼめ!!でもかわいいから許す」
そう宣言すると、手首のスナップを利かせてキャラメルを上に放り投げる。
すかさず、チーちゃんの目線は宙を舞う3つのご馳走へ向かう。
そして、大きな口をパカリ、と開くと
すぅぅううううううううううううううううううううう!
「きゃ!?」
旋風が辺りを舞う。まるで掃除機のように、チーちゃんの口に向かって空気が吸い込まれてゆく。
小さい体からは想像できない吸引力で、抱いていたアオイの髪もなびく。
宙に舞っていたキャラメルは、投げ上げられた慣性と吸引力で一瞬、空中に静止し、
次の瞬間、『シュポッ!』と口の中へと吸い込まれた。
「んむんむんむ…」
同時にチーちゃんの口が閉じられ、旋風がピタリとやむ。
辺りが茫然とする中で、チーちゃんは満足そうにキャラメルを咀嚼し、味わっていた。
「んむんむ……ち~♪」
やがてキャラメルが溶けきったのか、ゴックンと飲み込み、嬉しそうにひと鳴き。
「すっご~い!こんなことできるんだ!」
「あたしもコレあげてみようかな」
「あたしも~!」
あまりの出来事に止まっていた女子たちが、反動のようにワイワイ騒ぎ出す。
面白がってお菓子やパンが飛び、そのたびにチーちゃんが吸引を披露するのだった。
挙げ句の果てには、噂を聞きつけた隣の組の生徒まできている始末である。

「それで、お前らまでいると」
集団から外れ、教室の端にいたロウガは、隣の組から来た二人の少女を前に溜め息をついた。
「ちょっとロウガ、勘違いしないでよ!あたしは別にあのツチノコを愛でに来たんじゃないくて、珍奇な生物って聞いたから悪い妖怪じゃないかどうか確かめに来ただけなんだから!」
テンプレなセリフを言いつつ彼に食って掛かるのは隣のD組の女子、メリッサ・アルテミス。
煌びやかな金髪のポニーテールを緑のリボンで結ったのが印象的な少女であり、透き通るような蒼い瞳をきつく釣り上げている。
彼女はれっきとした人間だが、由緒ある退魔士の家系に生まれた、『退魔士見習い』なのだ。
「メリッサ様、少し、よろしいでしょうカ?」
と、メリッサの隣にいる少女が、口を挟む。
抑制のない無機質じみた声をするその少女の名は、松士院 九十九(マツシイン ツクモ)。
陶器のように艶やかな白磁の肌、髪は赤毛のショートで、『99』と刻印された奇妙な髪飾りとチョーカーをしている。
彼女の方は人間ではなく、ある人物に製作された機動人形(ギアゴーレム)なのであった。
「なによぅ?」
一方、横から水を差されたメリッサは、不機嫌そうに顔を向ける。
「前の時間に噂を聞いて以来、ずいぶん楽しみにしていたようでしたガ?」
九十九が正直に事実を『報告』すると、メリッサの顔が一気に赤くなった。
おまけに、対面のロウガもジト目で彼女を見ている。
メリッサは『そんな目でこっちをMI☆RU☆NA!』と心の中で叫んだ後、九十九をキッと睨んだ。
「つ、つくもぉ…余計なことは言わなくていいの!」
「私はメリッサ様のおっしゃられた間違いを訂正したのですガ…」
「うるさい!」
食って掛かるメリッサに対して、九十九は淡々と事実だけを返す。
はたから見ていたロウガは、キーボードクラッシャーに超頑丈なパソコンを与えたようだとシミジミ思った。
が、いつまでも無駄な茶番を行っていては昼休みが終わってしまう。
「そのくらいにしておけ、メリッサ。そんなことより今は優先すべきことがあるだろう」
「フーッ…フーッ…わ、わかっているわよ…」
渋々ながらメリッサは引きさがる。ロウガも彼女が落ち着いたのを見受けて、話を切り出した。
「さて、あのツチノコについてだが…メリッサ、覚えているか?このあいだ、開かずの間を掃除した時のことを」
「忘れる訳がないでしょ。ね、九十九?」
メリッサは当たり前だと言わんばかりに合意を求めたが、予想に反して九十九は首を横に振った。
「私はその時、お手伝いすることができませんでしたのデ…」
「あ、そうだったわね…いいわ、説明してあげる」

事の発端は、学校の『開かずの間』とされていた部屋を、うっかりアオイとメリッサが開放し、その部屋に封じられていた七体の妖魔が逃げ出してしまったことから始まる。
アオイとメリッサの二人は、ロウガと九十九にも協力してもらい、深夜の学内のパトロール、情報収集をし、四苦八苦しながらも妖魔たちを捕獲していった。
そんな調子で数日前、ついにアオイ達は四体目の捕獲に成功する。
そこで、ひとまず捕えた妖魔をちゃんと再封印しようと考え、九十九を除いた3人で、開かずの間の掃除をする事にしたのだ。
その際、床を拭くために古びた棚をどかすと、その下から見付かった古びた書物に、ここに封印されていた妖魔を封印した時の事が記録されていたのだった。
これで情報を得れば、一気に捕獲の手が進む…そう、三人は思ったのだが。
「と・こ・ろ・が!まだ未発見の三体を記した部分のページが、ほとんど染みに覆われていて読めなくなっていた…というオチよ!」
「だが、なんとか読み取れた部分もあった。そこに書いてあったのが、『木』、『猫』、そして…『槌の子』」
そこで言葉を切って、ロウガは教室中央に集まっている生徒たちの方を向く。合わせるように、メリッサと九十九も同じ方向を見た。
そこには相変わらずツチノコっぽい珍生物が、皆と戯れていた。
「……。」
とても微笑ましい光景の筈なのに、今のメリッサには半透明のフィルター越しに見ているような錯覚を覚えた。
「もし、その珍生物が件の妖魔のうちの一体とすれば、早急に駆逐するべきでス」
「!」
にべも無く九十九の言葉に、メリッサはピクリと反応した。
「…それは俺も同感だ。だが、同じ事をアオイに言ったら、猛反対されてしまった。あんな赤ん坊を痛めつけることはできない、とな」
「…ま、まぁ!あの可愛がりようをみれば、想像がつくわね!」
メリッサは、さも『まったくしょうがない』と思っているような口ぶりをした。内心で、心底ホッとしているのを隠すように。
「だが、ただ何もせずに放っておくのはまずいと思う」
「それは…そうよね。今からでも、ツチノコの文献とかを探してみる?」
「どうかな、良くも悪くもツチノコは有名だ。図書室の本や、インターネットを探すだけでも、相当骨が折れると思うのだが…」
「そういうことでしたら、私にお任せくださイ」
そう言って九十九は、生徒たちに囲まれているチーちゃんのもとへ歩き出す。
沢山の生徒たちが壁のように群がっている中を、決して押しのけることはせず、かつ速やかに通り抜けてゆく。
普通なら、どこかのアイシールドの如く才能が無ければできない芸当だが、機械である彼女にとって、この程度の計算は朝飯前である。
こうして、難なく中央までたどり着き、ツチノコを抱きかかえているアオイの前に出た。
「よしよし…ん?九十九ちゃん?」
「私にも、抱かせていただいてよろしいでしょうカ?」
「うん。いいよ~」
「ち~?」
快く了承したアオイは、何の疑いも無くチーちゃんを九十九に手渡す。
九十九は、決して力を込め過ぎず、絶妙な加減でしっかりと抱きかかえた後、ゆっくりと全身を眺めた。
―――体重測定…完了。
―――体表温度測定…完了。
―――体表面構造の把握…完了。
―――各方向からの写真撮影…完了。
「…ありがとうございましタ」
「どういたしまして~♪」
「今度はあたしが抱く~!」
「むぁ~!順番だよ、順番!」
「ち~!」
アオイにチーちゃんを返した九十九は、侵入した時と同様、速やかに集団の中を抜ける。
そのまま、ロウガとメリッサの元へ戻って行った。
「なにをしてきたの?」
「はい。あの生物を外部から可能な限りの方法でスキャニングして参りました…この情報を元に、マスターのデータベースで検索を行います」
「なるほど…」
「では、そろそろ午後の授業が始まりますので…メリッサ様」
「そうね、D組に戻りましょう」
そのまま教室を出ていくメリッサ達を見送ったロウガは、自らの席へと向かいながら、思案する。
―――杞憂なら、それに越したことはない。だが、あの珍生物はどうも気になる。
『気に入らない』といった感情ではなく、第六感的なもの、いうなれば野生の勘か?
いずれにせよ、九十九の調査次第。
そう自らの思考に結論づけたロウガは、椅子にどっかり座って、頬杖をつく。
数秒足らずで、静かな寝息が聞こえてくるのだった。



昼休みの終了とともに、集まっていた生徒も散り、午後の授業が開始される。
とはいっても、C組の皆がやることは、午前と変わらない。
アオイは再びチーちゃんをぬいぐるみと偽り。
レン達はそれをフォローしながら誤魔化す。
ロウガは居眠り。
そんな感じで、窓から夕焼けの赤い日差しが差す頃あいとなり、本日最後の授業が終了する時刻となった。
「ありがとうございました~」
「はい、ありがとうございました。皆さん、気をつけて下校してくださいね」
挨拶もたけなわに、歴史の顧問の先生が教卓を発つ。
が、教材をまとめて立ち去る間際、先生は思い出したようにその場で立ち止まった。
「ああ、そうそう。相川先生からの伝言ですが、本日は放課後に用事があって、明日の連絡も特にないので、帰りのホームルームは無いそうです。では…」
そう言い残して、先生は立ち去っていった。
すぐに、チーちゃんの手続きであろうと予想がついた生徒たちは別段驚くことも無く。むしろ少しだけ早く学校が終わったことで、ワイワイ沸いていた。
「うーん、このまま先生を待っているのは退屈だよね…」
「ち~?」
その中でアオイ一人だけが、チーちゃんを抱え上げながら頭をひねっていた。
うっかり、放課後にチーちゃんを渡す場所を指定していなかったのが運のつき。このままでは下手に下校できない。
かといって、このままボーっと教室で待つのは彼女の性に合わなかった。
「…ちょっと、一緒に校舎の周りを散歩してくるぐらい、いいよね?」
すぐに戻ってくれば問題ないだろう。
そう思いつつも、怒られるかもしれないという僅かな不安が拭えず、隣の席のロウガに聞いた。
果たして返事は、
「Zzz…」
寝息だった。授業が終わって、挨拶まですんでいるにも関わらず、ロウガはまだ寝ていた。
普段なら呆れながらも起こすところなのだが、今は都合がいい。
「寝ているんじゃあ、しょうがないよねぇ?」
「チ~?ンムゥ…」
アオイは悪戯っぽく微笑むと、チーちゃんの口元も軽く押さえ、音を立てないように注意しながら、ゆっくり席を発つ。
もっとも、仮に音を立てても経験上、起きる事はないと確信していたが、念の為。
そのままチーちゃんを抱えて、教室を出て行った。


ところ変わって、校舎の西に設立されている研究棟。
一階の一番奥に存在する、『ハロルドの研究室♪』と彫られたネームプレートが下げられている扉をくぐった部屋の、そのまた奥の隠し扉をくぐった先の、地下室。
その薄暗い部屋の中央には九十九が立っており、奥に座っている桃色の髪の少女へと報告を行っている。内容は、昼休みに見た珍生物について。
九十九の無機質ゆえに正確な報告を、少女の方は適度に相槌をうちながら聞いているのだった。
「…以上で、報告を終了いたします」
「なるほどねぇ、そんな『面白!』なことが…」
「マスター、面白い、面白く、は「シク活用」という活用の種類ととりますので、その活用は日本語として間違っておりマス」
「いいの、わざとだから」
九十九のツッコミを華麗にいなし、桃色髪の少女はニヤリとほほ笑んだ。
彼女こそ、機械人形である九十九の製作者であり、マスター。その名をハロルド・アインシュタイン・ファウスト。
見た目はスチャラカな16歳の少女。だがその実態は、メリッサ達のクラスの担任教師であり、超常学園の物理の顧問。極め付けに、自他共に認める真性のマッドサイエンティスト。
いわゆる、天才少女&低年齢教師だった。
「それにしても、そのチーちゃんってツチノコ。強力な吸引能力を持っているのが気になるわね…とりあえず、九十九。スキャンしたデータを寄越しなさい」
「イエス、マスター」
九十九は、ひときわ無感情な声で応答すると、自身の前髪をどかし、額を露わにする。
額の中央埋め込まれた、水晶のように透き通った逆三角の物体を、『カチリ』と音がするまで押した。
すると、額から水晶体の部分が持ち上がり、真ん中から綺麗に二つに割れて、蝶番に開く。さらに、開いた中から機械の接続端子が顔を覗かせるのだった。
「よっこいせっと」
その間にハロルドは、自分のそばにあったパソコンへ太いケーブルを差し込み、ケーブルのもう片方の端子を、九十九が開いた額の接続部へと繋いだ。
「Pi―――接続ヲ確認シマシタ。データ転送モードへ移行シマス」
合成したような音声が九十九の口から流れる。
元から意思の希薄だった顔だったが、今は意識の欠片も見当たらない虚ろな表情だった。
ハロルドはそれを満足そうに見つめた後、ケーブルを繋いだパソコンへと向かい合う。
「さぁて、どんな検索結果がでるかしらね?」



その頃、アオイとチーちゃんは―――
「ゴクゴクゴク…プハー!やっぱり学校の後は冷たいトマトジュースですよ」
「コクコク…チ~♪」
校舎外にある自販機横のベンチで、二人揃ってトマトジュースを飲んでいた。
既にアオイの隣には三つのトマトジュースの殻が置いてあり、ちょうどいま四本目が飲み終わったところ。チーちゃんの隣にも二つの殻があり、三本目をゴクゴク飲んでいる最中。
しかも、二人の間には、殻とは別にまだ未開封のトマトジュースが幾つか置いてある。
言うまでも無いかもしれないが、彼女らの隣にある自販機は既に、トマトジュースのスイッチだけ『売り切れ』のランプをつけていた。
「チーちゃんもトマトジュース好きなんだねぇ~、ゴクゴク」
「チ~♪」
次々に殻になってゆくトマトジュース。
パックがベコッとへこみ、一滴残さず飲み干され、次のパックに手を伸ばす。
チーちゃんも体と舌を器用に使い、ストローを差してお行儀よく飲み続けていた。
そのまま飲み続けていられればならばよかったのだが、残念ながらトマトジュースには限りがある。
「!?」
「ち?」
最後の一本に手(と舌)が伸びたのは、同時だった。
たっぷり数秒、お互いを見詰め合う。
普通ならこういう時、弱く幼い方に譲るのがマナーである。
が、しかし。
「…あたしの方が大きいから、多くていいよね?」
「ち!?」
一瞬の隙を突いて、アオイがトマトジュースをひったくった。実に大人げない言い訳と共に。
「ち~!ち~!」
「だめぇ~!元はあたしのお小遣いで買ったんだから~!」
チーちゃんは取り返そうとして必死に寄りかかるが、アオイにパックを持った腕を高く上げられて防御されてしまう。
よじ登ろうともしたが、パックを持つ手とは逆の手で、軽く押さえこまれていた。
「ち~…!」
それが悔しくて、米粒のように小さな目を恨めしげに細めた。
ところが、しばらくしてチーちゃんは何か思いついたような表情をする。そしてそのまま、アオイの手元から少し後退した。
諦めたのかなと思ったアオイは、上げていたパックを胸元まで下ろし、ストローを刺す。
その瞬間、突風が吹いた。
すぅぅうううううううううううううううううううう!
「うひゃああ!?」
チーちゃんは大きく口を空けて、昼休みにも見せてくれた吸い込みをはじめたのだった。
心なしか昼休みに感じた時よりも、吸引力が強くなっているように感じる。
「わ、わ、わ、わ!」
トマトジュースが、持っている腕ごと引っ張られる。
この時、素直に離してしまえばよかったものを、意地になっていたアオイは、しっかりと掴んで離さない。
それがいけなかった。
すぅぅうううううううううううううううううううううううううぅぅぅぅぅぅぅう!!
吸引力が、さらに倍増。
余りに引っ張られる力が強くなったせいで、ついに、アオイの腰がベンチから浮いた。
「ひゃ?」
グラリと体が傾いて。
ジュースを掴んだ両腕が、スポンと真っ暗な口の中へと突っ込まれた。
明らかに口内より大きいはずなのに、なんの違和感なくすっぽり入っている。
否、それだけにとどまらなかった。
「う、わ!?」
吸い込みは止まらない。
手はおろか、肘、二の腕まで口内に消えてゆき。
ついに、肩ごと、頭が呑み込まれた。
「!、む、むぐ~~~!!」
目の前が真っ暗になった。冗談じゃなく。
しかも、肩から首周りに、強く圧迫されているようなどうしようもない不快感が走る。
それもその筈。
アオイには見えていないが、吸い込まれている部分が小さい口に合わせて細くくびれていたのだった。まるで、身体がゴムになってしまったかのように。
それでも何とか逃れようと、アオイは陸に揚げられた魚のようにバタバタ暴れる。
が、それもささやかな抵抗にしかならず、
しゅごうぅっ!
そのまま麺を食べるかのように、アオイがひときわ強くすすりあげられる。
胸から下腹までにかけてが一気に飲み込まれて、
残った脚も、それに釣られるようにスルスルと少しずつ入ってゆく。
そして、最後に、もう一度強く啜りあげられると、
「―ッ!?」
アオイは完全にチーちゃんの中に消え、開いていた口が閉じられた。
驚くべきことに、チーちゃんの体積にはまるで変化がない。
普通、蛇は大きな獲物を飲み込むと、それに合わせて体の一部が膨らむものだが、彼にそれは無かった。
「んむんむ…ゴックン…ち~♪」
チーちゃんは喉を鳴らし、嬉しそうな声をあげる。
それはキャラメルをキャッチして食べた時と、なんら変わらない様子だった。
「ちぁぁぁぁ……」
おなかいっぱいになったからなのか、チーちゃんは大きな欠伸をひとつして。
「Zzz…ち~…Zzz…」
ベンチの上で、呑気にスヤスヤ寝るのだった。




坂を転がってゆくような感覚がする。
頭が揺さぶられて、受け身も取れずに真っ逆さまに落ちる。
幾度か壁にぶつかる事で、ああ、これは坂じゃなくて狭いトンネルだと、朦朧とする意識の中で感じるのだった。
延々とそれが続くような錯覚すら覚える。
しかし幸いというべきか、そのトンネルには行き止まりがあった。
「ぷぎゅ!?」
底に激突し、ようやく止まる。
床は布団のような柔らかさだったが、腰を強かに打ちつけてしまった。
真っ暗で何も見えない。吸血鬼の眼を持ってしても、一筋の光も見えない漆黒は、慣れるのに時間がかかるのだ。
ともかく辺りを探るべく、アオイはしゃがんだ姿勢のまま手を伸ばす。
が、すぐに壁に行きついてしまった。しかも少しヌルヌルしている。
いったい何が起こったのか。
アオイは自らの記憶を辿る。
確かさっきまでトマトジュースを飲んでいたはずだ。
そして最後の一本になって、取り合いになり―――。
「ぁ…」
全て思い出した。
呑みこまれたのだ。チーちゃんに。
あんな小さい体なのに、凄まじい勢いで吸い込んで、パックリと。
と、いうことは、
「ここは…チーちゃんのおなかの中なの?」
それにしては広すぎる
触って確認した限りでは、ここは直径二メートル半くらいの空洞だ。アオイにとっては狭いが、あの小さな生物にとっては大きすぎた。
蛇が自分より大きな生物を飲み込めることぐらい知っているが、これは度を超している。
しかし、アオイは不思議がっている場合ではないと思いなおし、どうにか脱出を試みる。
が、出入り口が無い。どうやら入って来たトンネルは塞がってしまったらしい。
「どうしよう…まさか破り出るわけにはいかないし…」
こんなことならジュースを譲るべきだったと今更ながら後悔する。
そう思った時だった。
上から、生温かい液体がかかってきたのは。
「うひゃあ!?」
嫌な感触に、思わず悲鳴をあげる。
しかも液体は際限なく、ぼたぼた上から落ちてくる。
「ま、まさか、胃液!?」
既に肩から上はズブズブの粘液まみれで、慌てて払いのけようとして肩を叩く。
だが、それは火に油だった。
ズルリと、
ブラウスの右肩から袖にかけてが、ボチャリと溶け落ちた。
「っ!?」
それに驚いて叩いた手を引きもどしたら、胸元の布が引っ張られて、崩れ落ちる。
「あわわ…」
阻止しようと体を捩り、身を揉むが、それがかえって逆効果となり、みるみる服が溶け落ちてゆく。
もはや残った衣類は下着だけとなる。それすらも溶ける寸前だ。
が、ここで妙な事に気付いた。
「か、体は…とかされてない?」
肌にはぬるぬるした不快な感触こそあれど、溶けている様子はない。真っ先に溶け落ちそうな髪の毛ですら、しっとり濡れているのみ。
「い、いやあぁ…」
が、服が溶けてゆく事実は変わらず。
なけなしの下着が完全に溶け落ちて、アオイは裸になってしまった。粘液まみれで。
衣服を溶かした粘液は下に溜まっていたが、しばらくすると水位が下がって、何処ともなく流れていってしまう。
そして、粘液がほぼなくなるのと同時に、
それまで静かだった壁や床が、盛んに動きだす。
「う…ぁ…せ、せま…くぅ…」
腕を伸ばすことくらいはできた筈の空間が、一変して押し合いへし合い詰め寄ってきて。
みるみるうちに狭くなり、密着してくる。
流石にここまでやられては、アオイも黙っていられない。
傷つけたくはないが、なんとか押しのけるくらいはしなくては。
そう思って腕に力を込め―――られなかった。
「は…れ…?」
腕だけではない。
全身から力が抜けていっている。
声も舌っ足らずになり、呂律が回っていない。
先ほどの粘液の作用だろうか、そう思うも、もはや彼女に成す術はなかった。
更にぎゅうっと、周りの壁から締め上げられる。
「ん…むぅ…」
もはやまともに声をあげようとしても、篭った呻きが聞こえるのみ。
一面、壁に包み込まれて、体のどこも、動かせない。
それでもなお飽き足らないと、壁はアオイを締め上げる。
身体が歪に丸められてゆくのが、感覚でわかる。
関節も、骨も関係なく、丸められていく。
また一段と、力が奪われたような気がして。
アオイの意識は暗転した。

ぬるぬる



「…ち?」
不意にチーちゃんが目を覚まし、ピクっとうごめく。
そのまま、土色の顔が赤く紅潮し、小刻みに振動して悶え、苦悶の表情を浮かべる。
「ち、ち…」
苦しげに鳴きながら蹲るように丸くなると、
チーちゃんの身体のそこかしこが、ぼんやりと輝きだす。
その輝きはだんだんと強くなり、全身を包み込むように大きくなってゆき―――。
「ちぃ~~~~~~~~~!!」
甲高い鳴き声と共に、辺り一面を閃光が包んだ。



どおぉん!
突如、校舎に大きな音が響き、校舎に僅かな振動が走る。
「…む」
二年C組の教室で眠りこけていたロウガが目を覚ます。
眼を見開き、突っ伏していた机からゆっくり身を起こした。
ロウガは辺りを見渡すが、誰も居ない。
どうやら授業が終わった後、完全に寝すごしてしまったらしいと理解する。
いつもならアオイが起こしてくるのだが―――
「…アオイ?そうだ、ツチノコは!?」
跳ねるように立ちあがった。
反動で椅子が倒れるのにも眼をくれず、教室から出て、廊下に躍り出る。
廊下にはまばらに生徒がいるだけ。耳をすますが、他の教室にも騒いでいるような気配は無い。
昼休みのように、どこかで集まっている訳ではないらしい。
嫌な予感がする。
特に眼を覚ました時の、あの揺れが気になってしょうがない。
せめて、どこから発されたものなのかが知りたい。
「…おい、そこのお前」
「ぁあん?」
偶然、近くを通っていた男子生徒を呼びとめる。
髪をケバケバしい緑色に染め、モヒカンにした、いかにも不良ですといった具合の男だったが、今は関係ない。
「さっき大きな音がしただろう、どこから鳴ったか、わかるか?」
「ンだテメェごらぁ!いきなり人呼びつけといてどういう口のきき方してやがモゴォ!?」
無言で伸ばされた手が、どなり散らす不良の首を締め上げ、吊りあげた。
「……質問に、答えろ」
「つ、通学路のそばの…自販機の方だった気がします…」
「そうか」
用済みとなった不良をポイっと捨てて、ロウガは階段に向けて走り出す。
後ろの方で『うるばぁ!?』という悲鳴と、床と頭が激突したような音がしたが、全く気にしなかった。

自販機のもとに着くと、既に何人かの生徒が集まり、人だかりとなっていた。
ロウガは生徒を押しのけながら、なんとか前に出る。
「これは…」
酷い有様だった。
地面は抉れ、自販機が粘土のようにひしゃげて、傍にあったベンチが粉砕している。
さらに、地面には何か大きな物体が引きずられたような跡もあり、それが森の方へと続いていた。
いったい何が起こったのだと思案していると、横から聞き覚えのある声がかかった。
「ロウガ!あんた何していたのよ!」
「…メリッサか、一体これは?」
「わかんない。突然、大きな音がしたと思って、一番に駆けつけたんだけど…来た時にはもうこの有様よ」
そうか、と短く返事をして、ロウガは鼻をスンスンと鳴らす。
わずかに、彼の眉がしかめられた。
「全く、ただでさえツチノコの事があるって言うのに、こんな事件が起こるなんて…」
「いいや、どうやらそのツチノコが関わっているらしい」
「え?」
「奴と、アオイの匂いが、ここに残っている」
「! それって…」
「ロウガ君~!」
今度は後ろの方から声がかかり、ロウガはメリッサと共に振り向く。
生徒の群れに押しくらまんじゅうをされながら、相川先生が手を振っていた。

なんとか群れから相川先生を救出した二人は、彼女から話を聞くことにした。
「先生、あのツチノコは?」
「それが、飼う許可をいただけたので迎えに来たのですけど、途中で大きな音がして、びっくりして急いで教室に行っても誰もいなくて…それでここに…」
気が動転しているのか、慌てているのか、返答もしどろもどろで、要領を得ない。
「落ち着いてください、相川先生」
「は、はい…あなたは?」
「D組のメリッサ・アルテミスです。それで…アオイには、出会いませんでしたか?」
「アオイさんですか?いいえ…」
「そうですか…」
「あの、チーちゃんとアオイさんに、何か?」
不安そうに尋ねる相川先生に、二人は言葉に詰まってしまう。
口が裂けても、この騒動を起こした犯人かもしれないなど、言える訳が無い。
「……実は、いきなりどこかに行ってしまったんだ。今、アオイが探している」
「! ロウガ、あんた…」
そんな、嘘を。
そう言いかけたメリッサを、ロウガは目線で制する。
「ま、迷子ですか!?」
「ああ。だけど、こことは全く別の場所だ。ここで何があったかは知らないが、巻き込まれてはいないだろうと思う」
「そうですか…。わ、私も探してきます!」
「あっ…」
引きとめる間もなく、相川先生は踵を返して駆けていった。
意外に脚が速いらしく、あっという間に小さくなって、メリッサには見送るしかなかった。
「どうしてあんな嘘つくのよ」
「嘘も方便と言うだろう。それとも、下手に不安がらせた方がよかったか?」
「そりゃ、よくないけど…ああ、もう!とにかく、急いであいつらを探すわよ!」
うやむやを振り払うように駆けだすメリッサ。ロウガも後に続く。
目指す先は、地面の引きずったような跡が続いている先、森へ。
空は夕日が落ちかけ、赤い光と藍の闇のグラデーションが映えていた。


to be continued … <後編に続く>
  1. 2009/10/30(金) 03:44:53|
  2. 吸い込み
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
<<拍手更新×拍手返信×リンク追加=近況報告 | ホーム | 超常学園第8話 #プロローグ#>>

コメント

吸い込みに丸呑みと、今回も非常にオイシ……もとい散々な目に合ってますねw果たしてこの後どうなってしまうのか……このまま消化されてしまったのか、出てこられたとして人間の姿を保っているのかw
後、所々入ってくるジョジョネタに思わず笑ってしまいましたw
  1. 2009/10/31(土) 02:38:38 |
  2. URL |
  3. 見学者 #gJtHMeAM
  4. [ 編集]

感想ありがとうございまーす

毎度、コメントありがとうございます。見学者さん。
美味しくいただかれてしまっただけあって、こちらにとってはオイシイというわけですねw
このあと、どうなるかはお楽しみに!
なお、ジョジョネタはついつい入れたくなってしまうものなので、生温かい目で見てやってください。

ではでは~。
  1. 2009/11/01(日) 23:59:28 |
  2. URL |
  3. 究極のD #3k2uny7Q
  4. [ 編集]

読ませて頂きました

こんばんはです。メダぱに団です。

コメントが遅くなりました。すみません。
本編はお話が面白く、一気に読ませて頂きました。
アオイが吸い込まれる過程や胃液(?)で溶かされる場面の描写がスゴクイイ!…です。
後編どうなるか楽しみにしております。

今回のお話を読んで、ふと、アニメ第三期の鬼太郎の人食い島の話を思い出しました。
あの話も鬼太郎が人食い島に飲み込まれてました。で消化されて、それから……。
……!? ( ゚д゚)
…まさか、え! そ…そんな…。
い…いや…。彼女はヒロインですし、それは無いと…。
でも、それはそれで面白いかも…しれないですけど、そんなことしたら、ヒロインとしての立場が…。
…し、失礼しました。勝手な想像をしてしまいました。(汗)

あと、私の駄文を読んで下さいましてありがとうございました。
私が書くよりずっと以前にブログを立ち上げられ、面白い作品を書かれていた状態変化界の先輩にお褒めの言葉をいただけましたことをとても嬉しく思います。
つたない文章ですが、これからも精進してゆきますので、今後もよろしくお願い致します。

では…。
  1. 2009/11/05(木) 22:03:50 |
  2. URL |
  3. メダぱに団 #-
  4. [ 編集]

コメントありがとうございます!

メダぱに団さん返信ありがとうございます。
こちらこそコメントが遅くなってしまって申し訳ありません。
感想もありがとうございます。長いゆえのgdgd感がなかったようで一安心ですw
人食い島の話は私もみたことあります。ああいうのもいいけど…。
果たしてアオイは同じ運命をたどってしまうのか!?乞うご期待。

こちらもメダぱに団さんの文章は楽しみにしています♪
先輩後輩なんてかしこまらずに同じ業界の同志として頑張りましょう。
ではでは~。
  1. 2009/11/08(日) 16:17:22 |
  2. URL |
  3. 究極のD #3k2uny7Q
  4. [ 編集]

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